ハンセン病とは

 ハンセン病は、らい菌の感染によって起こる慢性の感染症です。はじめ末梢神経や皮膚で増殖します。適切な治療がなかった時代には、次いで咽喉や眼がおかされ、さらにはいろいろな内臓にも病変が及ぶことがありました。しかし、このような状態になっても、らい菌の感染のみで、ヒトが死に至ることはありませんでした。すなわち、らい菌はきわめて毒性の低い細菌なのです。感染に関しては、らい菌に対して抵抗力の弱い人が繰り返して接触しなければ成立することはありません。明治以来、ハンセン病療養所職員の中で患者からの感染でハンセン病に罹った人はいません。さらに感染の成立や発病には、社会経済状態が大きく関与していて、現在の日本のように文明の発達した社会では新しくハンセン病に罹る人は減少し、21世紀になってからは、年間数名で、日本人では殆どありません。

 しかし、適切な治療がなかった時代には、顔や手足に何らかの後遺症を残すことがありましたが、今ではハンセン病は治癒していますから、そのための障害は一般の肢体障害と同じです。また、知覚麻痺のため、知らない間に傷をつくったりしますが、普通の傷の処置で十分治ります。

 治療法として、プロミン(スルフォン剤)による単剤治療が行われ、1943年(昭和18年)画期的な成功が報告されました。70年代前半には、リファンピシン(抗生物質)の強い殺菌作用が認められ、81年のWHO(世界保健機関)の多剤併用治療の開発へと結びつきました。現在では、多剤併用治療を適切に用いることにより、障害を残すことなく治癒いたします。

 なお、「らい」という呼び方は、偏見や差別をうむものとして、平成8年のらい予防法廃止に伴い「ハンセン病」に正式に改められました。「らい菌」、「らい反応」などの医学用語を除いて「ハンセン病」と呼び換えられています。

 ハンセン病は、1909年「癩予防ニ関スル件」に基づき全国5ヶ所の公立療養所が設立され隔離政策が始まりました。その後1931年の「癩予防法」制定により全国のハンセン病患者を療養所へ隔離することができるとされ、「無癩県運動」、「強制隔離」、「強制収容」へと発展していったわけです。その後1953年に「癩予防法」を見直した「らい予防法」が交付されましたが「強制隔離」などはそのまま残り、1996年の「らい予防法の廃止に関する法律」が制定されるまで続いたのです。そして、2001年「らい予防法」は熊本地裁判決で「憲法違反である」との判決が下ったのです。

 この判決が確定しこれを受けた衆参両院決議、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」、更には「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」(ハンセン病問題基本法)においてその誤りが再三指摘、確認されているところです。らい予防法廃止、熊本地裁判決から十数年を経過していますが、ハンセン病回復者の皆様が、故郷へ帰れない、家族との交流ができない、更に医療機関へ通えない、ご家族も回復者との関係を隠して暮らしているという状況が未だに続いているのが現状です。

 これは、永きにわたる国の誤った強制隔離政策により「ハンセン病は恐ろしい伝染病である」と意図的に吹聴し、国民各層に無用な恐怖心をあおりハンセン病を必要以上に恐れさせ偏見・差別を助長したのです。その結果、患者さん、家族の皆さんに甚大な苦難と被害を与えてしまったのです。

 ふれあい福祉協会は、前身である「癩予防協会」「藤楓協会」の時代に、ハンセン病患者の強制収容、絶対隔離といった国の政策推進に加担してしまいました。これらの歴史的事実を真摯に受け止め、深く反省し、人間の持つ偏見・差別の恐ろしさ、2度と過ちを繰り返させない、同時に犠牲を強いられた方々の名誉回復のためハンセン病問題に積極的に取り組んで参ります。

 

 

ハンセン病を正しく理解するためのQ&A

ハンセン病の原因は?

 らい菌という細菌です。試験管内での培養には成功していません。らい菌遺伝子の検査から、人間の体内でようやく生き延びる事ができる細菌であることが分かってきました。らい菌は31℃前後が至適温度です。菌の分裂は約11日と、ゆっくり増殖します。

どんな病気ですか?

 主に皮膚と末梢神経が侵される慢性感染症です。皮膚症状は赤い斑紋(紅斑)や環状に皮膚が盛り上がる症状(環状斑)が出るなど多彩で、一見して診断することは困難です。皮疹にはかゆみはなく、知覚(触った感じ、痛み、温度感覚など)の低下などを認めて、気づかないうちにケガやヤケドなどを負うこともあります。また末梢神経障害が進行すると、物をつかんだりする運動の障害を伴うこともあります。診断や治療が遅れると、主に指、手、足などに知覚まひや変形を来すことがあります(後遺症)。

感染するのですか?

 感染する病気ですが、日本において感染源になる患者がほとんどいなくなったのですから実際は心配ありません。日本において感染源になる人はほとんどいません(一般の社会生活の中ではゼロと考えて良いでしょう)。らい菌の感染力は極めて弱いので、乳幼児期にたくさんの量のらい菌を頻繁に口や鼻から吸い込む(主に呼吸器感染)以外まず発病しません。なお、小児期以後の人が感染しても現在の日本では発症することはまずありません。また感染した場合でも、発病までには、その人の免疫能、栄養状態、衛生状態、経済状態、らい菌の数、環境要因など種々の要因が関与するため、長期間(数年~数十年)を要し、発病せずに一生を終えることがほとんどであると考えられます。遺伝する病気ではありません。

日本にも新しい患者さんはいるのですか?

 います。新規患者数は、毎年数名程度(日本人は約1名、在日外国人は数名)ですが、らい菌を大量に排出している人はいません。今後患者が増加することはありません。

どんな訴えで患者さんは病院に来るのですか?

 患者さんはふつう、通常の治療薬で治りにくい皮膚病で受診します。かゆくはないが、軟膏を塗っても治らないので受診することもあります。また、痛みを感じないために何度もキズやヤケドを起こしたりして受診することもあります。皮膚科に受診することが多いのですが、ハンセン病の診療経験がない皮膚科医が多いため、すぐにハンセン病だと診断がつくのは難しいようです。最近、日本皮膚科学会などでは皮膚科医向けのハンセン病講習会を行い、知識・技術(皮膚スメア検査など)の向上に努めています。

新しい患者さんは何処でどうやって診察しているのですか?

 一般病院や大学病院、開業などの皮膚科医がおもに診察しています。問診では出生地(外国人ならハンセン病の多い国)、小児期生活歴、家族歴などを聞きます。ハンセン病の診断は皮膚症状、神経の所見(触覚、痛覚、温度覚、神経の肥厚、運動障害など)、らい菌の証明、病理組織的所見などを総合して決めます。ハンセン病は皮膚症状やらい菌の多少などから多菌型(菌数の多い型)と少菌型(菌の少ない型)に分類します。
 他の病気と同じように保険診療です。普通の感染症なので保健所や都道府県に届ける必要もありません。診療や検査、入院などでは通常の感染予防の対応が行われます。念のため、家族の方も感染しているか否かを調べることが大切です。

治療はどうするのですか?

 外来で複数の抗生物質を内服して治療します。通常、リファンピシン(RFP:結核にも使われている)、DDS(サルファ剤)、クロファジミン(色素剤、B663)の3種類の抗生物質を併用しています。これをWHOでは多剤併用療法(MDT)といっています。
 この治療を行うと、早期にらい菌はいなくなります。多菌型患者さんは1年間から数年間、少菌型患者さんは6カ月間の内服で治癒します。
 ハンセン病は治る病気ですが、早期診断、早期治療、確実な内服を心がけ、後遺症を残さず、耐性菌を作らないようにすることが大事です。

ハンセン病療養所には患者さんがいるのですか?

 現在日本には14のハンセン病療養所があり、約1,389人(29年12月31日現在)の入所者が生活しています。しかし、ハンセン病患者はほとんどいません。ハンセン病は治っています。
 平均年齢は約85.3歳(29年12月31日現在)ですが、後遺症による身体障害や加齢も加わって、介護を必要とする人が多くなっています。

なぜ社会復帰する人が少ないのですか?

 高齢なうえ、ハンセン病による後遺症としての障害を持っていること、長年の入所により社会生活体験をほとんど有していないこと、一般社会にまだまだ根強い偏見が残っていることなどが、社会復帰できない主な理由です。また、社会での受け皿としての家族のないこと、子どもを産むことをハンセン病施策の中で認めなかったことが社会復帰を進ませない大きな要因です。
 「らい予防法」も廃止され、ハンセン病は「普通の感染症」なのですから、入所者が社会復帰することはとても重要です。しかし前述のように、たくさんの問題があります 。

ハンセン病のまとめ

 らい菌による慢性の細菌感染症で、主病変は皮膚と末梢神経に生じ、内臓が侵されることはまれです。診断・治療は一般の医療機関(保険診療)の外来で行われています。らい菌の感染力はきわめて弱く、感染・発病に重要なのは乳幼児期で、その時期の濃厚で頻回の感染以外ほとんど発病につながりません。

「共に生きる社会」を築く

 ハンセン病問題を契機として、私たちは社会全体で健常者も障害を持つ人もお互いに人間としての尊厳や自由を尊重し合って「共に生きる社会」を築いていく努力をすることが求められています。
 ハンセン病問題で最も反省しなければならない大切な点は、たまたまハンセン病に罹ってしまった人を、外観が異なる、伝染する、社会に害をなすなどとの口実で「人間として地域社会の中で共に生きる」ことを排除した点にあります。この点の反省に立って、ハンセン病だけでなくすべての障害を持っている人、病んでいる人を地域社会の一員として迎え入れ、共に生きることを目指さなければなりません。社会全体がこのような「共に生きる社会」になって、はじめてハンセン病問題が解決したといえます。

監修:国立療養所 多磨全生園 園長
石井 則久

 

リンク

厚生労働省

国立感染症研究所ハンセン病研究センター

国立ハンセン病資料館

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